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大阪地方裁判所 昭和55年(ワ)4441号 判決

原告 甲野花子

〈ほか二名〉

右原告ら訴訟代理人弁護士 三浦和人

被告 日本生命保険相互会社

右代表者代表取締役 弘世現

右訴訟代理人弁護士 山下孝之

同 坂本秀文

同 和仁亮裕

同 三宅一夫

右訴訟復代理人弁護士 竹内隆夫

同 長谷川宅司

主文

原告らの請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は、原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告らに対し、各金六〇〇〇万円及びこれに対する昭和五四年三月一日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は、被告の負担とする。

3  仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  訴外亡和佐田春枝(以下「訴外和佐田」という。)は、被告との間において、いずれも自己を保険契約者兼被保険者、被告を保険者とする次のとおりの各生命保険契約(以下「本件各保険契約」ないし「本件保険契約(一)ないし(四)」という。)を締結した。

(一) 契約年月日 昭和五一年三月五日

保険金受取人 原告甲野花子(以下「原告花子」という。)

死亡保険金額 一五〇〇万円

保険料 月二万四〇八〇円

特約 不慮の事故により被保険者が死亡した場合の死亡保険金額は三〇〇〇万円

(二) 契約年月日 昭和五一年一〇月二七日

保険金受取人 原告花子

死亡保険金額 一五〇〇万円

保険料 月二万五〇〇〇円

特約 不慮の事故により被保険者が死亡した場合の死亡保険金額は三〇〇〇万円

(三) 契約年月日 昭和五二年一二月一日

保険金受取人 原告甲野春子(以下「原告春子」という。)

死亡保険金額 三〇〇〇万円

保険料 月三万七三〇〇円

特約 不慮の事故により被保険者が死亡した場合の死亡保険金額は六〇〇〇万円

(四) 契約年月日 昭和五三年七月一日

保険金受取人 原告甲野一郎(以下「原告一郎」という。)

死亡保険金額 三〇〇〇万円

保険料 月三万七三〇〇円

特約 不慮の事故により被保険者が死亡した場合の死亡保険金額は六〇〇〇万円

2  訴外和佐田は、昭和五三年一二月二六日午前三時二五分頃、愛知県豊橋市上伝馬町一一〇番地所在のバー「ニューマドンナ」の居間で、不慮の事故である失火により焼死した。

8 本件保険契約(一)ないし(四)には、保険金受取人が被告本店に死亡保険金の支払を請求してから五日以内に支払う旨の規定があるところ、原告らは、昭和五四年二月中頃、被告本店に死亡保険金の支払を請求した。

よって、被告に対し、原告花子は、本件保険契約(一)、(二)に、同春子は、同(三)に、同一郎は、同(四)にそれぞれ基づき、各死亡保険金六〇〇〇万円及びこれに対する支払期限の後である昭和五四年三月一日から支払ずみまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2の事実のうち、訴外和佐田が昭和五三年一二月二六日午前三時頃愛知県豊橋市《番地省略》所在のバー「ニューマドンナ」の居間で焼死したことは認めるが、不慮の事故による死亡であることは否認する。

3  同3の事実は認める。但し、原告らの死亡保険金の請求が被告本店に到達したのは、昭和五四年一月二五日である。

三  抗弁

1  保険契約者に関する錯誤

被告は、本件各保険契約締結当時、その保険契約者がいずれも実際は原告花子であったにもかかわらず、訴外和佐田が保険契約者であるものと誤信していた。よって、本件各保険契約は、錯誤により無効である。

2  詐欺

本件各保険契約には、いずれも保険契約者の詐欺による契約は無効である旨の規定があるところ、本件各保険契約は、その実際の保険契約者である原告花子が、被保険者である訴外和佐田を殺害して保険金を詐取する目的で締結したものであるから、無効である。

3  故殺免責

本件各保険契約には、死亡保険金受取人が故意に被保険者を死亡させたときは、被告は死亡保険金支払義務を免れる旨の規定があり、故意に被保険者を死亡させたというのは、受取人自身が直接手を下した場合に限らず、故意に基づく被保険者の致死への関与である以上、他人と共同して被保険者を殺害した場合、他人を教唆して被保険者を殺害せしめた場合及び他人による被保険者殺害を幇助した場合をも含むものであるところ、原告花子は、同原告の兄である訴外亡甲野松夫(以下「訴外松夫」という。)を中心とする甲野グループという保険金詐欺仲間による訴外和佐田の殺害について、少なくともその殺害を幇助するなどの形態で故意をもって関与したものであるから、被告には死亡保険金支払義務はない。

4  共通の錯誤

仮に本件各保険契約の保険契約者が訴外和佐田であり、また仮に原告花子が同訴外人の殺害に対し故意による関与をしなかったとしても、契約当事者である訴外和佐田と被告は、契約時、共通して、本件各保険契約の保険金受取人ないしその法定代理人である原告花子が、実は訴外松夫を中心とするいわゆる甲野グループという保険金詐欺仲間に関係している者であるにもかかわらず、この事情を知らず、単に訴外和佐田の家族同然の友達に過ぎない旨誤信していた。しかして、右甲野グループなるものは、第三者を被保険者としてその者が死亡した場合には高額な死亡保険金が支払われるという内容の生命保険契約を締結し、その被保険者を殺害して保険事故を発生させ、保険会社から保険金を詐欺することを企図していた一味の者であるから、訴外和佐田も被告も右の事情を知っておれば、本件各保険契約を危険なものと判断して、その契約をしなかったものと考えられるから、本件各保険契約は、契約当事者双方の共通の錯誤により無効である。

5  重過失免責

本件各保険契約には、被保険者の死亡が被保険者の重大な過失によるときは被告は災害死亡保険金支払義務を免れる旨の規定があるところ、訴外和佐田の死亡は、容易に火災を避けえた状況のもとで石油ストーブの操作を誤りそのまま寝込むなどして引き起こした火災による一酸化炭素中毒を原因とするものであるから、被告には訴外和佐田の重過失による死亡として、災害死亡保険金の支払義務はない。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1の事実は否認する。

2  同2の事実のうち、本件各保険契約にはいずれも保険契約者の詐欺による契約は無効である旨の規定があったことは認めるが、その余は否認する。

3  同3の事実のうち、本件各保険契約に死亡保険金受取人が故意に被保険者を死亡させたときは被告は死亡保険金支払義務を免れる旨の規定があること及び訴外松夫が原告花子の兄であることは認めるが、その余は否認する。

4  同4の事実は否認する。

5  同5の事実のうち、本件各保険契約に被保険者の死亡が被保険者の重大な過失によるときは被告は災害死亡保険金支払義務を免れる旨の規定があることは認めるが、その余は否認する。

第三証拠《省略》

理由

一  請求原因について

1  請求原因1の事実は、当事者間に争いがない。

2  同2の事実のうち、訴外和佐田が昭和五三年一二月二六日午前三時頃愛知県豊橋市《番地省略》所在のバー「ニューマドンナ」の居間で焼死したことは当事者間に争いがない。

そこで、訴外和佐田の死亡が不慮の事故によるものであるか否かにつき判断する。

《証拠省略》によれば、訴外和佐田の死体の気道内に多量の煤が認められたことから、同訴外人は、その生存中に火災に遭ったものであり、前記「ニューマドンナ」において火災が発生した同日午前三時頃、その血液中アルコール濃度から軽酔状態(その症状は、極めて快活な状態になり、めまい、運動失調を起こし、言語はやや不明瞭で、速脈となる。)にあったもので、血液中一酸化炭素血色素濃度は即刻致死的である六八・三パーセントにも達していて、一酸化炭素中毒により死亡したものであることが認められる。

ところで生命保険契約の災害割増特約における不慮の事故と言うためには、傷害保険における保険事故について言われるのと同様に偶然性、外来性、急激性の三要件を具備することが必要であると解されるところ、本件においては前記認定した事実により、外来性、急激性の要件は認められるものの、偶然性の要件、即ち被保険者の自由意思に基づく原因によって生じたものでないことという要件を具備しているか否かが問題になる。この点について、《証拠省略》によれば、訴外和佐田は、死亡当時五五歳で、身寄がなく、寂しがりやで、同居していた原告花子の注意や同情を引こうとして自殺の話をしたり、自殺を企てたりしたことがあることが認められるので、本件の火災についても同訴外人が自ら引き起こしたものではないかと、一応は疑われるけれども、《証拠省略》によれば、訴外和佐田は、昭和五一年一一月にその経営していたバーを原告花子に譲り、以後同原告から月額金三〇万円の給料をもらって、「ニューマドンナ」と改名した同店でマスターとして働き、その死亡した前日である昭和五三年一二月二五日には、午後一一時四五分頃閉店した後、原告花子や訴外甲野梅子ら同店のホステスなど合計七、八人で近くのホストクラブで開かれた忘年会に参加し、酒を飲んだり踊ったりしてから、翌二六日の午前二時頃、原告花子に送ってもらい、歌を歌いながら、上機嫌でその頃住んでいた「ニューマドンナ」へ帰ったことが認められるから、その直後に発生した本件火災は訴外和佐田の意思に基づくものではないと認めることができ、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。従って、訴外和佐田の死亡は、不慮の事故によるものであると認めることができる。

3  同3の事実は、当事者間に争いがない。

二  抗弁1(保険契約者に関する錯誤)について

被告は、本件各保険契約における実際の保険契約者は、いずれも契約書上の保険契約者である訴外和佐田ではなく、原告花子であったことを前提にして、保険契約者に関する錯誤の主張をしているので、第一に保険契約者が誰であったかという点について判断する。

《証拠省略》によれば、本件各保険契約はいずれも訴外和佐田から被告の保険外務員である訴外大林登志子に対しその申込みがなされたもので、そのうち本件保険契約(一)の申込みに際して訴外和佐田は、普通死亡の場合における保険金が三〇〇〇万円の保険に加入することを考えていたけれども、保険料が高かったために他の借金の返済が終了するまで普通死亡の保険金が一五〇〇万円の保険にとりあえず加入し、本件保険契約(二)にはその後右借金の返済が終了したということで普通死亡の保険金が合計三〇〇〇万円になるように加入していることが認められるから、訴外和佐田が本件保険契約の申込みに際して主体的に決定していることが窺われるし、《証拠省略》によれば、本件各保険契約の締結後である昭和五三年一〇月頃、訴外和佐田は本件各保険契約のことを知人に対して話し、その忠告を受けて保険金受取人を変更する旨述べていることが認められるから、訴外和佐田は、本件各保険契約のことを単なる名義人になったものに過ぎないと考えていたのではなく、保険契約者として自覚的に行動していたものと認められるから、本件各保険契約の保険契約者は、名実ともに訴外和佐田であると認められ、原告花子であるとの被告の主張は、認められない。

この点については、後記認定のとおり、(一)本件各保険契約が短期間に締結された死亡保険金額が合計九〇〇〇万円、災害による死亡の場合は保険金額が合計一億八〇〇〇万円という極めて高額の契約であることに鑑みると、本件各保険契約につき納得できる訴外和佐田の動機を考えることは困難であること、(二)本件各保険契約の申込みの端緒は訴外大林の積極的な勧誘によるものではなく、申込みの時には原告花子またはその母である訴外甲野ハナが同席していて、いずれの契約内容についてもそれ以前に決定されていたこと、(三)訴外和佐田が昭和五〇年頃から昭和五三年五、六月頃まで同居して面倒をみてもらっていた原告花子宅を出て「ニューマドンナ」に住むようになってから後も、原告花子宅で訴外甲野ハナが保険料の交付をしていたのであり、同訴外人が不在のときは訴外和佐田が居ても同訴外人からはその支払がされなかったこと及び訴外和佐田が原告花子から受け取る給料額と本件各保険契約保険料額を考え併せると、本件各保険契約の保険料は原告花子がその負担者であったものと推認することができること、(四)また本件保険契約の保険証券についても、訴外和佐田が原告花子宅を出て「ニューマドンナ」に戻った後も訴外甲野ハナが原告花子宅にて管理していたことが、それぞれ認められるけれども、右の各事実は、本件各保険契約の保険契約者が名実ともに訴外和佐田であるという前記認定に疑問を生ぜしめるものではあるものの、いまだ原告花子が保険契約者であるとまで認定することはできず、従って、その余の点について判断するまでもなく、抗弁1は理由がない。

三  抗弁2(詐欺)について

抗弁2の事実のうち、本件各保険契約にはいずれも保険契約者の詐欺による契約は無効である旨の規定があったことは、当事者間に争いがない。ところで被告のこの主張についても、本件各保険契約の実際の保険契約者が原告花子であることをその前提とするものであるところ、訴外和佐田が保険契約者であり、原告花子が本件各保険契約の保険契約者であるとは推認できないことについては前項で判示したとおりであるから、その余の点について判断するまでもなく、抗弁2も理由がない。

四  抗弁3(故殺免責)について

抗弁3の事実のうち、本件各保険契約に死亡保険金受取人が故意に被保険者を死亡させたときは被告は死亡保険金支払義務を免れる旨の規定があること及び訴外松夫が原告花子の兄であることは、いずれも当事者間に争いがない。

ところで被告は、原告花子が訴外松夫を中心とする甲野グループによる訴外和佐田の殺害に故意をもって関与したものである旨主張しているので、以下この点について判断する。

1(一)  《証拠省略》によれば、訴外松夫を中心人物とするいわゆる甲野グループ事件という保険金詐欺事件が発生し、その概要は以下(1)ないし(3)のとおりであることが認められる。

(1) 訴外松夫は、昭和五二年六月頃、暴力団丙川組の組長である訴外丙川五郎(以下「訴外丙川」という。)及びその組員らと、訴外丙川が約一〇〇〇万円の貸付けをしていた松平輝彦こと訴外粟屋静夫(以下「訴外粟屋」という。)に生命保険を掛けたうえで殺害し、保険金を騙取しようと企て、保険契約者兼被保険者を訴外粟屋、保険金受取人を訴外和佐田として、同年七月一日、被告との間において死亡保険金が六〇〇〇万円の、同月二五日、訴外明治生命保険相互会社(以下「明治生命」という。)との間において死亡保険金五〇〇〇万円、災害割増特約が一〇〇〇万円の、各生命保険契約をそれぞれ締結し、同年八月二六日と同年九月九日の二回にわたり、訴外粟屋を交通事故に見せ掛けて殺害しようとしたが、いずれもその目的を遂げなかった(以下「粟屋事件」という。)。

(2) 訴外松夫は、訴外丙川や訴外甲野竹夫(以下「訴外竹夫」という。)らと、昭和五二年九月頃、訴外松夫が多額の融資をしている訴外杉浦一造(以下「訴外杉浦」という。)に生命保険を掛けたうえで殺害し、保険金を騙取しようと企て、保険契約者兼被保険者を訴外杉浦として、同月一二日、訴外大同生命保険相互会社(以下「大同生命」という。)との間に保険金受取人を訴外松夫、死亡保険金を合計一億円、災害割増特約五〇〇〇万円とする二口の生命保険契約を、同月一六日、訴外住友生命保険相互会社(以下「住友生命」という。)との間に保険金受取人を訴外松夫が代表取締役をしている訴外有限会社愛知宝運輸(以下「愛知宝運輸」という。)、死亡保険金を三〇〇〇万円、災害割増特約三〇〇〇万円とする生命保険契約を、それぞれ締結し、同年一〇月一日及び同月三日の二回にわたり、訴外杉浦を飲酒運転による交通事故に見せ掛けて殺害しようとし、同月三日、その目的を遂げた(以下「杉浦事件」という。)。

(3) 訴外松夫と訴外竹夫らは、愛知宝運輸の従業員に生命保険を掛けたうえで殺害し、保険金を騙取しようと企て、昭和五三年六月一日から同年七月一日にかけて、保険契約者兼保険金受取人を愛知宝運輸、被保険者を愛知宝運転の従業員として、訴外第一生命保険相互会社との間に死亡保険金三〇〇〇万円の、被告との間に死亡保険金を合計三五〇〇万円、災害割増特約二一〇〇万円、傷害特約四〇〇万円とする二口の、明治生命との間に死亡保険金五〇〇万円、災害保障特約三〇〇万円、災害割増特約三〇〇万円の、各生命保険契約をそれぞれ締結し、殺害する従業員を訴外中根久男と決めて、同月三〇日、同訴外人を海水浴中の溺死事故に見せ掛けて殺害した。

(二)  《証拠省略》によれば、訴外松夫及び訴外竹夫は、原告花子の実兄であり、訴外竹夫の妻が原告花子の経営する「ニューマドンナ」にホステスとして勤務している訴外甲野梅子であり、訴外松夫の娘の秋子も同店の手伝いをしていたほか、同店でホステスとして働いていた訴外乙山菊子(以下「訴外菊子」という。)が訴外松夫の愛人であったこと、「ニューマドンナ」は、原告花子が訴外和佐田からバー「マドンナ」の経営を引き継いで、改装、改名したバーであり、同原告が昭和五一年一一月一二日から同店の営業を始めたのは、訴外松夫に、顧客を連れて来るからと言ってその経営を勧められたためであり、実際にも訴外松夫の知人で、粟屋事件、杉浦事件の共犯者である訴外丙川は「ニューマドンナ」にしばしば飲みに行っており、杉浦事件のあった昭和五二年九月頃には未払代金も三〇〇万円位あったし、大同生命の勧誘員である訴外丸山新や支部長の訴外竹内善六、住友生命の支部長である訴外富永圭蔵も、訴外松夫と接触を持って訴外杉浦に関する前記保険契約の加入を実現しようと考え、同店にしばしば飲みに行ったこと、また訴外松夫は、「ニューマドンナ」の従業員の慰安会に参加し、宴席では上座を占めていたほか、訴外丙川の同店における前記未払代金債務につき、一存で、これを免除することで杉浦事件の共犯者である同訴外人への報酬の一部の支払としていたことをそれぞれ認めることができ、以上の各事実によると、甲野グループ事件の中心人物である訴外松夫は、原告花子と実の兄妹関係にあるうえに、その経営する「ニューマドンナ」の営業に深く関与し同原告と訴外松夫とは、日常、密接な関係にあったものということができる。

(三)  のみならず、原告花子は、甲野グループ事件のうちの粟屋事件及び杉浦事件に以下のように具体的に関与していることが認められる。即ち、粟屋事件については、《証拠省略》によれば、訴外粟屋の被告に対する前記生命保険契約の申込みは原告花子宅で、同原告が同席しているところでなされ、保険加入の審査が「ニューマドンナ」で行われ、また保険料も同原告宅で同原告の実母である訴外甲野ハナにより支払われていることが認められる。また杉浦事件については、《証拠省略》によれば、訴外丙川らは、昭和五二年一〇月一日及び三日の二回にわたり、飲酒運転による交通事故に見せ掛けて訴外杉浦を殺害する計画を実行に移したが、いずれの日も、右計画の一環として訴外松夫が訴外杉浦に酒を勧めてかなりの酩酊状態に陥らせる工作をしたところ、右工作場所は、「ニューマドンナ」及び訴外松夫が昭和五二年九月頃原告花子に勧めて実質的には訴外菊子に任せることにして同年一〇月一日に開店させたスナック「赤いりんご」であったこと、また原告花子は、同月一三日に聞込みに来た警察官が「ニューマドンナ」で、訴外杉浦の死亡に関し、同訴外人の同店での酒量を尋ねたのに対し、同訴外人はあまり飲んでいなかった旨答えたが、その足で警察官が「赤いりんご」に聞き込みに行こうとしているのを知り、当時、同訴外人が訴外松夫らにより殺害されたものであることを知っていたため、すぐさま「赤いりんご」に電話をして、訴外菊子に対し、同店でキープされている訴外杉浦のウイスキーボトルの中味を半分位こぼすように指示をして、訴外杉浦が遭難時に酩酊状態にあった事情を作出しようとしたうえ、訴外菊子が少ししかウイスキーをこぼさなかったのに対し警察官が帰ってから同訴外人を叱責したことをそれぞれ認めることができる。この点について原告花子は、その本人尋問において、その当時訴外杉浦が殺害されたものであることは全く知らなかったし、訴外菊子には訴外杉浦が来たか否かをはっきり分かるようにしておくようにと電話で述べただけであり、ウイスキーをこぼすように指示したことはなかった旨供述しているが、供述自体不自然であるし、原告花子自身も、訴外菊子と同様、捜査官に対しては、右認定の事実関係を自白していることに徴し、右供述は、信用することができない。

(四)  次に原告花子の経済状態については、《証拠省略》によれば、原告花子は、「ニューマドンナ」及び「赤いりんご」の改装資金などのために、豊橋信用金庫から昭和五一年一一月一一日から昭和五三年五月二日までの間に証書貸付で一二二五万二一〇六円、手形貸付で六〇〇万円の合計一八二五万二一〇六円を借り受けており、証書貸付の返済分だけでも、昭和五一年一一月から昭和五二年二月までは月約一四万円、同年三月から一〇月までは月約三三万円、同年一一月から昭和五三年一一月までは月約四二万円に達しており、その外にも自宅の改築資金として昭和四九年七月一一日に、豊橋信用金庫から七ないし八〇〇万円の借入れをしていることが認められるから、右返済がかなりの負担になっていたのではないかと考えられる。また、《証拠省略》によれば、その入金額からすると「ニューマドンナ」の売上額についても昭和五三年五、六月頃から相当に減少してきていることが認められる。この点について原告花子は、その本人尋問において、入金額が減少しているのは郵便局と分けて売上金を入金するようになったからであり、売上げが減少しているということはなかった旨の供述をしている。しかしながら、《証拠省略》によれば、毎月初め頃に支出されている従業員に対する給料などの経費についても同時期に月額二百数十万円ほどから二〇〇万円前後に減少していることが認められるから、単に売上金を分割して入金しているものとは考えられず、他に右事実を認めるに足りる証拠がない本件にあっては、原告花子の前記供述を信用することはできない。そうすると、「ニューマドンナ」の経営の見通しについては必ずしも楽観できるものではなく、原告花子の経済状態は、不安のないものとは言い難い状況にあったものということができる(もっとも、前記豊橋信用金庫からの借入れの点については、《証拠省略》によれば、原告花子は昭和五三年末までに前記証書貸付による借入金については合計で約九〇〇万円を返済していること、また自宅の改築及び「ニューマドンナ」の改装のために借り入れた分に関しては昭和五四年八月一日に完済して、自宅の土地、建物についていた各根抵当権登記を抹消していることがそれぞれ認められるから、借入金の返済に行き詰っていた事情は、認められない。)。

(五)  また本件各保険契約については、以下のように不自然な点がある。

(1) まず本件各保険契約締結の動機の点については、本件各保険契約が、前判示のとおり、昭和五一年三月から昭和五三年七月までの二年四か月という短期間に、死亡保険金額が合計九〇〇〇万円、災害による死亡の場合は保険金額が合計一億八〇〇〇万円という極めて高額の契約であり、《証拠省略》によって認められるとおり、これは個人としては会社社長等の高額所得者が加入しているに過ぎない高額のものであることに照らすと、訴外和佐田については前判示のとおり身寄りがなく、バー「ニューマドンナ」にマスターとして勤務し、月額三〇万円の給料を得ていたものであり、本件各保険契約の保険料が前判示のとおり合計で月額一二万三六八〇円にもなるのであるから、その収入の半分近くを保険料の支払にあてていたことになり、訴外和佐田がその生活費の少なからぬ部分を原告花子に負担してもらっていたこと(このことは、《証拠省略》によって認められる。)を考え併せても、本件各保険契約締結につき納得できる訴外和佐田の動機を考えることは困難である。この点について原告花子は、その本人尋問において、訴外和佐田は、原告花子に対し、老後の面倒をみてもらいたいし、また病気になった場合に入院給付金が出るから保険に加入したのであり、また原告春子を保険金受取人とする保険契約については、原告春子が結婚するときに備えて加入すると述べていた旨の供述をしているが、本件各保険契約の契約内容に徴し、右供述にいう目的のために本件各保険に加入することは不自然、不合理である。そればかりでなく、《証拠省略》によれば、本件保険契約(三)の締結に際して、訴外和佐田は原告花子を保険金受取人としようとしていたが、被告の保険外務員である訴外大林が、それでは保険金を受け取る際に同原告の贈与税が高くなる旨の指摘をしたことにより、原告春子を保険金受取人とする旨に変更されたことが認められ、また、入院給付金については、《証拠省略》によれば、本件保険契約(一)、(二)については入院給付金特約が付加されているものの、本件保険契約(三)、(四)については付加されていないことが認められ、以上の各事実に照らすと、訴外和佐田の本件各契約締結の動機について説明する原告花子の前記供述内容は、不自然、不合理であって、信用できない。

(2) 本件保険契約の申込みの経緯については、《証拠省略》によれば、本件保険契約のうち(一)、(二)に関しては、いずれも訴外甲野ハナから訴外大林が生命保険に加入するという連絡を受けたことにより、原告花子宅において、原告花子及び訴外甲野ハナが同席しているところで、また(三)に関しては、原告花子宅において、原告花子または訴外甲野ハナが同席しているところで、(四)に関しては、訴外和佐田からの連絡により、「ニューマドンナ」において、原告花子が同席しているところで、いずれも訴外和佐田から訴外大林に対しその申込みがなされたもので、その端緒は被告の外務員である訴外大林の積極的な勧誘により申込みがなされたものではなく、またいずれの契約内容についても、訴外大林が申込みを受ける以前に決定されていたこと(但し、本件保険契約(三)の保険金受取人が、原告花子から原告春子に変更された経緯は、前記認定したとおりである。)が認められる。

(3) 本件各保険契約の保険料の負担者については、《証拠省略》によれば、本件各保険契約に関する保険料は、それぞれの契約申込時には訴外和佐田が支払ったものの、その後は被告の集金担当者である訴外大林が原告花子宅に毎月集金に行き、常に訴外甲野ハナから保険料の交付を受けていたのであり、同訴外人が不在のときは訴外和佐田が居ても同訴外人からはその支払がなされなかったこと(この点に関して、原告花子は、その本人尋問において、訴外和佐田が原告花子宅に居合わせたときは、同訴外人が保険料を支払っていたと供述しているが、右供述は、《証拠省略》に照らし信用できない。)及び訴外和佐田が原告花子宅を出て「ニューマドンナ」に住むようになってからも集金場所は依然として原告花子宅であったことがそれぞれ認められ、これに前判示のとおりの訴外和佐田が原告花子から受け取る給料額と本件各保険契約の保険料額を考え併せると、同訴外人が本件各保険契約の保険料の実質的負担者でなかったことは、明らかであり、原告花子がその負担者であったものと推認することができる。

(4) 証人甲野ハナ及び原告花子は、本件各保険契約の契約内容について、いずれも(一)の契約については知っていたけれども、その余の保険契約については知らなかった旨の供述をしているが、《証拠省略》によれば、本件各保険契約の保険証券は、いずれも原告花子宅において訴外甲野ハナが管理しており、本件各保険契約に関する保険料は常に同訴外人が支払っていたこと、また訴外甲野ハナは、保険証券が送られて来ると原告花子にその旨を告げていたことがそれぞれ認められるから、原告花子及び訴外甲野ハナは、本件各保険契約の内容については当然知っていたものと思われるし、原告花子またはその子供が高額の保険金の受取人になっているにもかかわらずその保険契約について原告花子及び訴外甲野ハナが関心がなかったということは到底考えられないものであることに照らすと、証人甲野ハナ及び原告花子の前記各供述は、いずれも信用できない。

(六)  訴外和佐田が死亡した日の前後の状況については、前記認定のとおり、当日の午前二時頃忘年会の会場から訴外和佐田をその居住する「ニューマドンナ」へ送って行ったのは原告花子一人であり、同訴外人はそのとき軽酔状態であったこと、午前三時頃「ニューマドンナ」で火災が発生し、訴外和佐田は一酸化炭素中毒により死亡したものであり、また、《証拠省略》によると、原告花子は、火災発生直後現場に駆け付けて、訴外和佐田の生死の消息が明らかになっていない段階で卒倒して病院に運ばれたこと、訴外松夫も現場に来て、警察署及び消防署の各係官による現場検証の終了した直後である午前一〇時ないし同一一時頃から現場の片付けをしていたことが認められる。

(七)  以上認定の各事実によると、原告花子は、訴外松夫を中心とする甲野グループ事件につき、遅くとも杉浦事件につき警察官による聞込みを受けた昭和五二年一〇月一三日当時、同訴外人らが生命保険の被保険者を殺害して保険金の騙取を企画していることを知り、しかも同訴外人らの右犯行を隠蔽することに積極的に関与していたこと及びその後訴外和佐田が大口の本件保険契約(三)、(四)を締結し、それ以前に締結された本件保険契約(一)、(二)と併せて、右四口の右保険契約を維持、継続することによる多額の保険料を原告花子の負担によって支払っていたのは、甲野グループ事件の各被保険者におけると同様、保険金の騙取を企画する訴外松夫らの策謀によるものであり、原告花子は、この事情を知っていたものと推認されるとともに、さらに進んで、訴外和佐田は、訴外松夫らにより、保険金騙取の手段として、訴外和佐田を被保険者とする本件各保険契約につき保険事故を装って殺害行為の対象にされたものであること及び右訴外松夫らの所為については原告花子の故意に基づく関与があったのではないかとの薄からぬ疑いが持たれるところである。

2  しかしながら、前判示のとおり、訴外和佐田は、その死因が一酸化炭素中毒であり、その生存中に火災に遭ったものであること、《証拠省略》によれば、訴外和佐田の焼死体は、「ニューマドンナ」の居間において、着替えをしないで服を着たままで、たたんだ布団の上に仰向けに寝ている格好で発見され、部屋にあった石油ストーブの近くには可燃物としてはドレスやトイレットペーパー等の紙類があったことが認められるから、正確な出火の原因を認定するに足りる証拠がないものの、訴外和佐田が帰ってきてそのまま寝入った後に、ストーブの点火に使用したマッチの火の不始末か、ストーブの火がドレス等に燃え移るなどして火災が発生したものではないかと推測され、右火災の発生ないし訴外和佐田の死亡に第三者の行為が介在したものであることを認めるに足りる証拠はない。この点について、被告は、訴外和佐田は軽酔状態に留まっていたのであり、また寝巻に着替えて布団をしいて寝るという状態にはなかったのであるから、寝入った後の火災により訴外和佐田が一酸化炭素中毒死したということは考えられない旨を主張しているが、真冬に酒を飲んで帰ってきた独居の年配者がストーブにあたっているうちに眠り込んでしまうということも考えられないことではなく、訴外和佐田が着替えていなかったからといって、寝入った後の火災により死亡したとしても必ずしも不自然なものではない。また被告は、「ニューマドンナ」の出入口の鍵は、外から掛ける場合と内から掛ける場合とでは全く異なるものであるという原告花子の供述及び「ニューマドンナ」の賃貸人が、火災に気がついて中に入ろうとしたところ、外からの鍵が掛かっていたので、合鍵を預けてあった隣家から合鍵を借りてきて鍵をあけたという証人榊原の供述を援用して、これは合鍵を持つ第三者が介在したことを示す証拠で、その第三者が訴外和佐田を殺害したこと及び原告花子が右合鍵の工作に関与していたことを主張している。確かに、原告花子がその本人尋問において、訴外和佐田と日ごろ行動を共にしていたから、自分が合鍵を持つ必要はなかった旨供述するところは、「ニューマドンナ」の経営が訴外和佐田から原告花子に移っていた前判示の事情を考えると、不自然な感じを否めないが、さりとて同原告ないし第三者が合鍵を所持していたものと認定できる証拠がない本件においては、被告が援用する前記各証拠をもって、訴外和佐田の殺害とこれへの原告花子の関与を認める証拠ということはできない。そうすると、他に格別の証拠がない本件においては、訴外和佐田が殺害され、これに原告花子が故意をもって関与したことについては、その疑惑があるものの、これを認定するに足りず、抗弁3も理由がない。

五  抗弁4(共通の錯誤)について

1  本件各保険契約の契約当事者が訴外和佐田と被告であること、原告花子は、本件各保険契約の保険金受取人ないしその法定代理人であるところ、昭和五二年六月頃から発生した甲野グループ事件と呼ばれる前記のとおりの兇悪な保険金詐欺事件の犯人らの中心的人物である訴外松夫とは兄妹であるだけではなく、同訴外人は、原告花子の経営する「ニューマドンナ」の営業にも深く関与し、日常密接な関係にあり、さらに原告花子は、甲野グループ事件のうちの粟屋事件及び杉浦事件については、訴外杉浦が訴外松夫らに殺害されたものであることを知ってその証拠湮滅を図るなどしたこと及びその後、訴外松夫らは、右事件におけると同様の方法で保険金を騙取しようと企図して、訴外和佐田に本件保険契約(三)、(四)を締結させ、それ以前に締結されていた同(一)、(二)の各保険契約と併せた合計四口の保険契約の保険料を右事情を知っている原告花子に負担させていたことについては、前判示のとおりである。また、《証拠省略》によれば、甲野グループ事件が発覚して新聞等にとりあげられたのは昭和五四年三月頃からであり、本件各保険契約の締結ないし維持、継続に当たっては、訴外和佐田も被告も共通して、右保険契約の保険金受取人ないしその法定代理人である原告花子の実兄である訴外松夫が前記各犯行を企図、実行していること及びこれに原告花子が前判示の関与をしているという異常事態の存在することを知らず、かかる事態が存在しないことを前提として、本件保険契約(三)、(四)につき契約を締結し、右異常事態発生前に締結した本件保険契約(一)、(二)につき当初の契約内容のまま保険金受取人を原告花子として、右各契約を維持、継続したものであることが認められる。

2  ところで、契約の当事者双方が、その締結に際して契約の前提ないし基礎として予定した事項について、共通して錯誤に陥っていた場合は、当事者双方に共通の動機の錯誤が認められるところ、このような場合には、その錯誤が法律行為の要素即ち意思表示の内容の重要な部分についてのものであると認められるときに限り、通常の一方の動機の錯誤の場合とは異なり、共通の錯誤として、動機の表示を要することなく意思表示の無効を認めるのが相当である。けだし、この場合には契約当事者双方が共通してその錯誤がなかったならばその意思表示をしなかったであろうと考えられるのであるから、通常の場合とは異なって相手方の保護を図る必要はなく、また、動機の表示を要件とするときは、錯誤が契約の前提ないし基礎として予定した事項についてのものであるから、動機の表示がされる場合を殆ど想定できず、実際上無効を認める事案が考えられないからである。

これを本件についてみるに、訴外和佐田と被告の双方が本件各保険契約のうち、(三)、(四)の各契約の締結に際して前判示の事情が存在するのに、そのことを知らず、これが存在しないものと考え、その認識を前提ないし基礎として、右の各契約を締結したものと認められるから、右契約締結の時点において、当事者双方に共通の錯誤が認められる。しかして、右錯誤の内容よりして、この錯誤がなければ、当事者双方のみならず一般人も本件保険契約(三)、(四)を締結することはなかったものと考えられるから、右錯誤は、右の各契約締結行為における要素の錯誤にほかならず、そうすると、本件保険契約(三)、(四)の各締結行為は、いずれも無効であるといわなければならない。

また本件保険契約(一)、(二)については、契約締結後に右錯誤が生じたものであるから、右の各保険契約の成立につき瑕疵を認めることはできないけれども、右錯誤を事由に、右各保険契約の無効を主張する被告の抗弁は、右各契約締結後に発生した右錯誤の内容となっている事実関係が右各契約の効力滅却事由となることを主張するものと解されるところ、前判示の各事実から、被告及び訴外和佐田は、契約締結当時には前判示の錯誤の内容となる事情がその後に発生するということは予想できなかったものであり、またその発生は被告及び訴外和佐田の責によるものではないと認められるところ、被告及び訴外和佐田は、前判示のとおり、右各保険契約の保険金受取人である原告花子の実兄である訴外松夫が前記各犯行を企図、実行していること及びこれに原告花子が前判示の関与をしているという異常事態の存在しないことを前提として保険金受取人を原告花子とする右各保険契約を維持、継続しているのであるから、右異常事態の発生した後にも、右各保険契約につき保険金受取人を原告花子とする契約内容に当初の約定どおりの拘束力を認めることは、著しく信義に反して不当であり、これを承認できないところである。けだし、保険契約においてはその射倖性から、いわゆる悪危険を排除するため、保険金受取人を含む保険契約関係者間に特に高度の信義則の支配が要求されるところ、右判示の異常事態の発生は、右各保険契約の契約関係者、すなわち保険契約者である訴外和佐田及び保険者である被告と保険金受取人である原告花子との間の信頼関係を根底から破壊するものと考えられ、右各保険契約を当初の約定に従ってその効力を肯認することは、信義則に反し許されないものというべきであり、しかして、その効力が否定される当初の約定部分は、右判示の根拠に照らし、保険金受取人を原告花子とする約定部分に限定される(また右各保険契約における保険金受取人の指定が無効になったとしても、各契約当事者はこの無効な部分を除いても尚この契約を維持、継続したであろうと認められる。)ものと解すべきだからである。結局、右各保険契約において訴外和佐田が保険金受取人を原告花子と指定した部分のみにつきその契約内容どおりの拘束力を認めることはできず、その指定は効力を喪失したもの(その結果、右各保険契約における保険金受取人は、保険契約者である同訴外人となる。)というべきである。

従って、共通の錯誤をいう抗弁4は、本件保険契約(三)、(四)については、右主張の錯誤により、右各契約が無効となり、また、本件保険契約(一)、(二)については、右主張の錯誤の内容として被告の主張する事実関係により、右各契約の保険金受取人を原告花子と認めることはできないのであるから、そのすべてにつき理由があるものといわなければならない。

六  そうすると、原告らの請求は、すべて理由がない。

七  よって、原告らの本訴各請求をいずれも棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 井上清 裁判官 宮城雅之 後藤隆)

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